6.桜 第4話

食品としてのサクラ  桜湯、花酒と桜餅

 桜湯は主に婚礼などのお祝い事のめでたい席で飲用されるもので、2~3輪の桜の花が入っています。
茶碗の中で花が開き、美しくまたよい香りがします。
この香りは、桜餅のところででてきたクマリンという成分によるものです。
桜漬けは、がくを除いた花全体を梅酢と塩で漬け込んで造られます。
主要な生産地は秦野市付近で、八重桜でピンクの品種である「関山(かんざん)」が用いられています。
また、花酒はオオシマザクラや八重桜の花を氷砂糖と焼酎で浸けこまれ、紅茶などに入れて香りを楽しみます。これなら簡単に造れて楽しめそうですね。

桜湯
関山
ここで一区切り

 

隅田川の桜と長命寺桜餅

 徳川家光は上野寛永寺と共に隅田川堤に吉野の桜(ヤマザクラ)を植えました。
その後吉宗によってこの堤に百本ほどの桜が植えられ、この地は浅草寺や向島の行楽地に近いことからたちまち桜の名所となったそうです。
また花見には江戸の若い女性たちがあでやかな衣装を着て出かけたことから、益々人が集まったようです。
私ごとですがこの近くで生まれ育った土地でもあることから、少しご紹介しましょう。

歌川広重の浮世絵「隅田川水神の森真崎」には、向島からの真崎(隅田川の対岸)と水神の森を望んだ風景が描かれています。
手前に里桜(八重桜)、奥には筑波山が画かれてりおり、当時、多くの里桜が植えられ賑わいを見せていた様子を知ることができます。
今日ではスカイツリーがそびえ様相もすっかり変わりましたが、墨田川沿いの桜並木はお花見の名所として今も花の名所になっています。

 桜餅は江戸向島の長命寺が発祥の地とされています。
長命寺の門番をしていた山本新六という人が、向島堤の土手の桜の葉を塩漬けにした桜餅を考案し、寺の門前で売り出したのが始まりといわれています。
この桜餅は薄く焼いた小麦粉の皮を二つに折ってこし餡を挟み、それに塩漬けした2枚の桜葉で包んだものでした。
これが花見見物に訪れた人々に知れ渡ったそうです。
また女の子の初節句には、健やかな成長を願って桜餅をお返しに贈ることが定着したそうです。

 桜餅に使用される桜葉にはオオシマザクラの葉が使われます。
オオシマザクラの葉はやわらかくて、大きく、毛が少ないという特徴を持ち、食感がよいことからこの桜の葉が使われているそうです。
元来伊豆諸島や伊豆半島に自生しますが、千葉県房総にも植えられ桜炭などに使われてきました。花が白くて大きく整っており、ソメイヨシノやその他多くの里桜の親となっている桜でもあります。

 

長命寺桜もち店 山本やを訪ねる

 桜の開花時期に入り、隅田川の言問橋近くにある元祖長命寺桜もちのお店、山本やを訪ねました。
ソメイヨシノの花はやっと咲きだしで、一足早い早咲きの桜が見られました。
それでもすでに花見客でいっぱいです。桜もちをお店で味わいたいと思いましたが、かなわず再度秋に伺いました。
この長命寺桜もちは、贅沢にも3枚の桜葉で包んであり、香りと保湿性が保たれており元祖桜もちの味を堪能することができました。
長命寺はすぐ近くで、なんでも家光が鷹狩を行った際に腹痛をおこし、薬をこの寺の井戸水で飲んだところたちまち回復したことから長命水の名がつき、これがもとで寺の名になったとか。

 お花見と切っては切れないのがお団子です。
山本やの斜向かいの言問団子には、かつて幸田露伴、野口雨情、竹下夢二、池波正太郎などの文人が訪れた所としても知られます。

オオシマザクラ
長命寺桜もち
ここで一区切り

 

桜葉の生産地を訪ねる

 さて桜餅に使う桜葉漬の生産地ですが、そのほとんどを生産している南伊豆松崎の小泉商店を訪ね小泉さんにお話を伺うことができました。
桜葉の生産には霜の降りない土地が適しており、香り成分のクマリン含有量に大きく影響を与えるそうです。
蔵の中に入るとたちまち甘い香りに包まれました。直径と高さが2メートルもある杉の大樽がいくつも並んでおり、この樽からクマリンの香りがただよっていたんですね。
すると朝摘んだオオシマザクラの葉が運ばれてきました。この葉を50枚ずつまるけ(束ねる)、カヤ(チガヤ、スゲ、ススキなど)の茎で留めた後、天然塩と共に樽に漬け込まれます。
この大樽にまるけられた葉の束が4万束も入れられ、重さ1トンの重しを乗せ約6カ月間漬けられるそうです。
その間に発酵と熟成が進み、葉の中のクマリン配糖体が分解されて特有の香りをもつクマリンが生成されてきます。
この蔵の横を見ると、背丈より低く抑えられたオオシマザクラの畑が広がっていました。

桜葉漬の樽
まるけられたオオシマザクラの葉
ここで一区切り

 

サクランボ(桜桃)

 桜の食品を連想すると、まずサクランボが浮かぶのではないでしょうか。
サクランボの語源は、桜の実という意味の「桜の坊」からきたと考えられています。
現在のサクランボは、ヨーロッパから西アジアに自生するセイヨウミザクラ(Prunus avium)から改良されたものが主体です。
初夏には佐藤錦、高砂、ナポレオンなど品種が出回り、生食されたり砂糖漬けにされます。
これらの品種は、他花受粉で実をつけるため受粉作業が必要で、栽培農家では苦労するところです。
サクランボの甘味はブドウ糖などの糖質、酸味はリンゴ酸、クエン酸、酒石酸、コハク酸などの有機酸で、疲労回復や高血圧の予防によいといわれています。

サクランボ

 

花より団子

 サクラとお花見はきってもきれません。
お花見から花見酒を連想する方も多いことと思います。
花見の起源は奈良時代にさかのぼるといわれ、貴族の行事から始まったといわれます。
豊臣秀吉の醍醐の花見が有名ですが、一般には徳川吉宗の時代に江戸の各地に桜を植えさせたことから、花見の習慣が庶民に広まったといわれています。
よく「花より団子」と例えられますが、串にピンク、白、緑の3色の団子を刺した花見団子は、かつては花見に欠かせませんでした。
ピンクは桜を、白は雪をあらわし冬のなごりを、緑はヨモギで夏への予兆を表現しているそうです。
花を愛でながら飲食を楽しむという江戸庶民の文化は、現在でも私たちの楽しみの一つになっていますよね。

花見団子